音を音楽にするには、音からイメージが「見えて」いる必要があります。知識を多く持つことは悪いことではありませんが、知識だけでは表面的な音楽になりがちです。例えば、クレッシェンドは「音量を次第に大きくする」意味ですが、それだけでは音楽的とは言えません。物体が大きくなったり、物体が近づいてくる視覚的イメージがあった方が音楽的と言えます。
演劇の台本から生きた演技にするのと同じように、楽譜から「見えるもの」を音に表そうとすると、音楽が命の宿った「伝わる音楽」になるはずです。
無理に具体的なイメージをこしらえるのではなく、抽象的な色や形で、「この音はどんな色か」「どんな形か」「どんな動きをしているか」などと動画的にイメージ化するほうが直接的でしょう。このイメージは舞台照明のようなものと考えると分かりやすいかと思います。
一例に過ぎませんが次のようなイメージが考えられます。
リズムは物体の動き方。例えば、大きなループで回転しているのか、ゆったりと風船が漂う感じなのか、弾力性のあるボールが弾んでいる感じなのか、など。
音程は物体の上下方向への移動イメージ。高いところに移動しているのか、低いところに移動しているのか、ビルを見上げるような移動か、谷底を覗くような移動か、など。
音量・音質は、その物体の形や質感。大きい物体なのか小さな物体なのか、尖った形なのか、丸い形なのか、はたまた表面はザラザラなのか、など。
もちろん、どんなイメージにするかの決定は、衝動的な思いつきではなく根拠が必要で、そのためには多くの知識が求められます。ですが、時代により流行り廃りもありますし、ひとによって意見が異なることも多々あります。知識は参考にはなりますが、CDなどで名演奏とされる録音を複数聴いたり、楽譜を音にしていく際に、音から「見える」ものを感じ取ろうとするのが望ましいと思います。