その昔、クラシック音楽が特別なものだった時代がありました。1950年代〜60年代が顕著で、教養主義、レコードの普及、コマーシャリズム、米ソの冷戦に伴う文化政策などと無関係ではなかったのでしょう。「偉大な」、「世紀の」、「完璧」、「この上ない」、「巨匠」などの文字が躍った時代です。
既に忘れ去られてしまった人も少なくない中で、この時代に活躍して今も名を残すふたりのヴァイオリニストがいます。旧ソビエトのダヴィド・オイストラフ(David Oistrakh 1908〜1974)とアメリカのアイザック・スターン(Isaac Stern 1920〜2001)です。
彼らの経歴は書籍にもたくさん書いてあるため省略します。ふたりとも観客に媚びず、堂々とした安定感をもった演奏が特徴です。「強い存在」が失われた現代には見られないタイプの演奏家と言って良いでしょう。
現在のクラシック音楽は少々斜陽気味のエンターテイメントのひとつではないでしょうか?しかし、この時代は、皆が本気で「芸術」の存在を信じていた時代です。彼らの堂々とした表現、甘さの無い音色は、ヴァイオリンの世界で「大国」を背負って立っていたことと無関係では無いと思います。
このふたりの演奏の中で、特におすすめできるCDをひとつずつご紹介することにしましょう。どちらもヴァイオリン弾きなら10年は聴ける演奏と思います。
アイザック・スターン メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 |
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スターンのメンデルスゾーンのCDは複数ありますが、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団のもの(1958年録音)が良いと思います。小澤征爾との演奏はおすすめできません。
スターンは比較的早くから、しなやかさが失われた感じの演奏になってしまい、1970年代以降の演奏にあまりおすすめできるものがありません。
若い頃のスターンは本当に美しい音と、不安を感じさせない表現をしていました。それが、良い形で現れたのがこのメンデルスゾーンです。
聴く側の心に直接突き刺すような音。よい映画や舞台の緊張感に似て、かなり辛口・硬派です。そして、その上で美しいからすごい。ヴァイオリンを弾くものにとっては、理想の音のひとつなのではないでしょうか?
写真のCDは古く入手困難ですが、新しい盤も出ているようですし、中古CD屋さんでも見かけます。また、図書館にあるかもしれません。ぜひ聴いてみてください。
今出ているものでは、チャイコフスキーとのカップリングで、かつ、安価なので、洋盤の方がおすすめです。
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→メンデルスゾーン Vn協奏曲 スターン(国内版)
→メンデルスゾーン Vn協奏曲 スターン(洋盤)
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ダヴィド・オイストラフ シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 |
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オイストラフのシベリウスも複数出ていますが、ロジェストベンスキー指揮モスクワ放送交響楽団とのシベリウス(1965年録音)を演奏・録音の両面からおすすめします。
オイストラフは「温かい」という印象を持たれていますが、そんなことはありません。むしろ、クールでしょう。変な言い方ですが、日本刀の「正宗」のような感じ(殺気というか、凄味というか)がこのシベリウスにはあります※。
録音のせいなのか、楽器のせいなのか、音色も刀の刃を感じさせるものがあるし、テンションも非常に高い。
些末なことはどうでもいい。ヴァイオリニストはともすれば、他人の演奏を批判的に聴くことが多いものですが、このシベリウスは有無を言わせない力を持った演奏と言って良いと思います。
このCDは入手しやすい状況ではないようです。Amazonのマーケットプレイスでも時々出てきますが、中古CDや図書館などでしばしば見かけますので、探して、是非聴いてみてください。
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→シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 オイストラフ
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