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「先生」と呼ばれることについて - 教える側として守っていること 4/5

教える側は普通「先生」と呼ばれますが、わたしは「先生」と呼ばれるのを好みません。可能な限り、機会あるごとに「石田さん」でお願いしますと申し上げてもいます。

世の中には「先生」と呼ばれるのが嬉しくて仕方ない人がいるし、「先生」と呼ばれないと機嫌を損ねる人もいます。まして、プロオーケストラなどではお互いを「センセイ」「センセイ」と呼び合う風習すらあります。クラシック音楽で仕事をしている人には「先生」と呼んでおく方が無難ではあります。

しかし、「先生」と呼ぶ側はともかく、「先生」と呼ばれて喜んでいる態度は気持ち悪くて仕方ありません。

確かに教える立場として、教わる側より少しばかり先に進んでいるとは思います。少しばかり早めにヴァイオリンを始めているし、少しばかり多くの経験も積んできてはいます。少しばかり多くの本を読んでいるし、少しばかり良い楽器も触ってきている。ですが、これはパソコンに詳しい同僚と同じようなもので、「先生」と呼ばれて喜ぶようなものではありません。

まして、お金を頂いてレッスンをしているわけで、教わる側の方がお客様であり主体です。知識や技術を分かりやすく効率的にお伝えするのが教える側の役目であって、それだけの芸人に過ぎません。「ヴァイオリン教師」が偉いわけでも、崇め奉る存在でもありません。

どうぞ「先生」を甘やかさないように、どうぞ「教える側」を利用してより多くの知識や技術を盗んでいって下さるよう、お願いしたいと思います。

※教える側が教わる側より人間的に優れているわけでも、尊敬されるべき存在でもありません。むしろ、「教育産業」「お稽古ごと」は実体のない虚業の面が強いからこそ、尊敬や崇拝を強いるのではないかとすら思います。

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